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横浜地方裁判所川崎支部 昭和60年(モ)246号 決定

当事者の表示   別紙(二)当事者目録記載のとおり

主文

相手方川崎市長は、別紙(三)認定患者目録記載の認定患者に関する別紙(一)文書目録記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

理由

一申立人(被告)らの本件申立の趣旨及び理由は、別紙(五)記載のとおりであり、相手方及び原告らの意見は別紙(六)及び(七)記載のとおりである。

二当裁判所の判断は次のとおりである。

1  本件訴訟は、川崎市に居住する原告ら又原告らの被相続人(以下、右を一括して原告らということもある)が、工場などから排出されるばい煙及び車の排気ガスにより生じた大気汚染によって気管支ぜん息などの疾病に罹患したとして、原告らから川崎市内に工場などを有している申立人ら被告一四社及び道路を設置管理している被告国及び同首都高速道路公団に対して、大気汚染物質の排出差止め及び損害賠償を請求するものであり、これに対し、申立人らは、原告らが疾病に罹患している事実、申立人らの排出したばい煙と原告らの疾病の発症との因果関係、並びに自らの過失をいずれも否認し争っていることは、訴訟記録上明らかである。

そして、本件申立は、申立人らが、本件各文書の所持者である川崎市長を相手方として、原告らの職歴、既往歴、家族歴、喫煙歴、併発傷病並びに公害健康被害認定申請時及び更新時の病状、経過、諸検査の結果、投薬、治療の内容等を明らかにすることにより、これらの者の病状の実態、病因関係、特に喫煙、既往歴等大気汚染以外の他の要因が主たる病因となっている事実を立証したいとして、原告らに関する特別措置法(公害に係わる健康被害の救済に関する特別措置法)及び公健法(公害健康被害の補償法)による指定疾病認定に関する本件各文書、すなわち、新規認定申請文書・障害補償費等の請求に関する文書・認定更新申請に関する文書・障害程度の見直しに関する文書の提出を求めているものである(詳細は前記別紙(五)記載のとおり)。

2(一)  そこで検討するに、まず民事訴訟法三一二条第三号前段の挙証者の利益のために作成された文書とは、直接又は間接に挙証者の法的地位、権利関係を証明し又は基礎づけるために作成された文書をいうが、それは所持者のみ又は挙証者以外の者のみの利益のために作成された文書は除外されるけれども、挙証者及び文書所持者等他人との共同の利益のために作成されたものも含まれると解されるのであり、その共同の作成目的は、文書作成時における作成者の主観的意図にとどまらず、文書作成者又は文書所持者の性格、文書作成義務の有無、文書作成の経緯、記載内容などから客観的に判断すべきものである。

(二)  そこで、本件各文書につきみるに、本件各文書は、公健法・特別措置法及びこれらの法律の付属法規に基づき、一種地域として指定された地域を管轄する川崎市長である相手方が指定疾病の認定の申請及び認定の更新の申請に関する認定又は補償給付の支給等の手続過程において作成したものであり、したがってその記載内容は、右地域における大気汚染の影響により原告らが疾病に罹患していることの認定に関係する事項及び健康被害についての損害を填補するための補償給付に関係するものであり、それは相手方である川崎市長による右認定行為等の適正を担保し、将来において右認定行為等につき異議申立、審査請求、更に行政訴訟等が提起された場合において、証拠資料に使用することも予定していると認めることができる。そうすると、本件各文書は、公的機関である相手方川崎市長が所持しており、法律上その作成が義務づけられ、記載内容が本件訴訟における焦点と共通の事実に関係するものであり、その作成目的が、指定疾病の認定等の証拠資料確保としての性格を有していることの各事実を総合すれば、本件各文書は、単なる内部文書にとどまらないことが明らかであって、それは、文書所持者たる相手方のみならず、挙証者たる申立人らの法律上の利益のためにも作成された文書であると認めることができる。

(三)  ところで、原告らは、本件訴訟において、原告らが公健法・特別措置法によって指定疾病に罹患している旨認定されていることをもって、原告らが申立人らの排出するばい煙により気管支ぜん息などの疾病に罹患し損害を受けている事実が推定される旨主張しているのであるが、そうすると、前記のとおりこれを全面的に争っている申立人らは、右認定の適正について争う立証活動を行なうことになるが、右疾病の原因が多元的な非特異性疾患であることも考慮すると、右立証活動として指定疾病の認定の原資料である本件各文書につき、その内容を吟味し検討する機会が与えられることは公平上望ましいというべきである。

(四)  そこで、次に、本件各文書について個別的に文書提出命令の必要性を検討することとする。まず、(1)新規認定申請に関する文書のうち、認定申請書、公害健康被害認定用調査票、公害健康被害認定審査表、(2)障害補償費等の請求に関する文書のうち、障害補償費・児童補償手当・療養補償金請求書、公害健康被害認定患者主治医診断報告書、(3)認定更新の申請に関する文書のうち、認定更新申請書、医学的検査結果報告書、川崎市公害健康被害認定更新及び障害程度に関する主治医診断報告書、(4)障害程度の見直しに関する文書のうち、医学的検査結果報告書、公害健康被害認定患者主治医診断報告書については、いずれも本件申立にかかる前記立証すべき事実との関係で、文書提出命令の必要性が認められる(ただし、別紙(二)記載のとおり、右各主治医診断報告書の「付記事項」欄に、「癌」又は「癌の疑い」との記載がある個所については、後記のとおりその提出を命ずるのは適当でない。)。しかし、その余の文書については、前記立証すべき事実との関連において、文書提出命令の必要性があるものとは認められない。

(五)(1)  原告ら及び相手方は、本件各文書の記載内容は、原告らのプライバシーに関するものが多く含まれており、これを外部に公開するときは、原告らのプライバシーを侵害するおそれがある旨主張する。そして、特に相手方は、主治医診断報告書の「付記事項」欄には、「癌」、「癌の疑い」等患者本人にも告知していない医師の医学上の所見が記載されている場合もある旨主張する。しかしながら、本件各文書の一部には、原告ら及び相手方が指摘するように、その記載内容に原告らのプライバシーに関するものの含まれていることがうかがわれるけれども、本件訴訟においては、前記のとおり原告らが指定疾病に罹患していることに関連して争われているのであるから、その立証活動の過程において原告らのプライバシーがある程度侵害される結果になることはやむをえないものというほかはなく、前記文書提出命令の対象文書の記載に関しては、それはなお原告らの受忍の限度内であるというべきである。ただし、相手方が主張する主治医診断報告書の「付記事項」欄の記載中「癌」又は「癌の疑い」の記述部分については、提出することは適当ではないと認められるから、右の記述部分は除外することとする。

(2) 原告らは、本件各文書が訴訟上の証拠として提出されてその内容について議論されることになると、認定に関与する医師、諸検査を委託された医師、認定の当否を審査する公害健康被害補償認定審査会の委員等の各文書が目的外に使用されないとの信頼が裏切られることになり、今後これらの関係者の協力が得られなくなり、制度の運営等に支障を生ずることになると主張する。しかしながら、本件各文書の記載事項につき検討するに、本件各文書が文書提出命令により裁判所に提出されたとしても、そのことから直ちに医師や公害健康被害補償認定審査会の委員ら関係者の協力が得られなくなるとは到底考えられないし、前記のように行政事件訴訟が提起された場合には、本件各文書が裁判所に提出されることが当然のこととして予測されていることを考慮するときは、本件訴訟の場合においてもその提出はやむをえないものであって、右の主張は理由がない。

(3) 原告らは、申立人らが本件各文書の提出命令の申立をする真意は、本件各文書の提出を得て、原告ら個々人の個別的因果関係及び損害の発生・程度について根拠のない詮索を繰り返し、いわれなき難癖をつけていくことにあって、要するに訴訟の遅延を目的としている旨主張する。しかしながら、右の点に関しては、裁判所が迅速な審理のために適切妥当な訴訟指揮権を行使することにより解決すべき事項であって、本件各文書が提出されたからといって、それが訴訟の遅延に結びつくものとはいえない。

3  そうすると、本件申立は、民事訴訟法第三一二条三号後段の法律関係文書に関する主張について検討するまでもなく、右申立のうち、前記認定のとおりその必要性が認められる各文書については、理由があると認められ、その余については理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官渋川満 裁判官榎本豊三郎 裁判官若園敦雄)

別紙(一) 文書目録

別紙(三)認定患者目録記載の患者らに関する公害に係わる健康被害の救済に関する特別措置法及び公害健康被害の補償等に関する法律による指定疾病認定に関する左記の文書

一 新規認定申請に関する左記文書

(一) 認定申請書(認定申請用診断書及び住民票、通勤等証明書添付)

(二) 公害健康被害認定用調査票

(三) 公害健康被害認定審査表

二 障害補償費等の請求に関する左記の文書

(一) 障害補償費・児童補償手当・療養補償金請求書

(二) 公害健康被害認定患者主治医診断報告書

三 認定更新の申請に関する左記の文書

(一) 認定更新申請書

(二) 医学的検査結果報告書

(三) 川崎市公害健康被害認定更新及び障害程度に関する主治医診断報告書

四 障害程度の見直しに関する左記の文書

(一) 医学的検査結果報告書

(二) 公害健康被害認定患者主治医診断報告書

(ただし、右二の(二)、三の(三)、四の(二)の各「付記事項」欄に「癌」または「癌の疑い」の記載があるときは、同記載個所を除く)

別紙(二) 当事者目録

申立人 (被告) 日本鋼管株式会社

右代表者代表取締役 山城彬成

右訴訟代理人弁護士 伊集院功

申立人 (被告) 東京電力株式会社

右代表者代表取締役 平岩外四

右訴訟代理人弁護士 西迪雄

申立人 (被告) 東亜燃料工業株式会社

右代表者代表取締役 中原伸之

申立人 (被告) 東燃石油化学株式会社

右代表者代表取締役 松村繁

申立人 (被告) 日網石油精製株式会社

右代表者代表取締役 古河精之祐

右三社訴訟代理人弁護士 畔柳達雄

申立人 (被告) 日本石油化学株式会社

右代表者代表取締役 今井善衛

申立人 (被告) 浮島石油化学株式会社

右代表者代表取締役 今井善衛

右二社訴訟代理人弁護士 武田正彦

申立人 (被告) 昭和電工株式会社

右代表者代表取締役 鈴木治雄

右訴訟代理人弁護士 板井一瓏

申立人 (被告) ゼネラル石油株式会社

右代表者代表取締役 鈴木勲

右訴訟代理人弁護士 奥平哲彦

申立人 (被告) 三菱石油株式会社

右代表者代表取締役 石川潔

右訴訟代理人弁護士 田中慎介

申立人 (被告) 昭和シェル石油株式会社

右代表者代表取締役 大北一夫

右訴訟代理人弁護士 梶谷玄

申立人 (被告) 東亜石油株式会社

右代表者代表取締役 佐藤秀美

右訴訟代理人弁護士 矢野範二

申立人 (被告) 日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長 杉浦喬也

申立人 (被告) 東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 住田正二

右二社訴訟代理人弁護士 中川幹郎

相手方 川崎市長 伊藤三郎

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

右指定代理人 志村定雄

右同 伊藤武雄

右同 大出良一

別紙(三) 認定患者目録

第一 昭和五七年(ワ)第一〇七号事件関係

一 原告本人(訴状添付原告被害一覧表(一)に表示された者)

1 〈住所省略〉原告本人 大村森作

明治三七年 七月二日生

昭和四八年 三月三〇日認定

2 〈住所省略〉同 相原タカ

大正一二年一〇月二七日生

昭和五一年 八月一四日認定

3 〈住所省略〉同 青木吉二

大正六年一月二五日生

昭和五〇年一〇月二九日認定

4 〈住所省略〉同 浅里朋己

昭和四五年 七月一四日生

昭和四七年一二月一三日認定

5 〈住所省略〉同 出浦智恵子

大正一二年一一月二四日生

昭和四六年 九月三〇日認定〈以下省略〉

別紙(四) 申立文書目録

本件認定患者らに関する「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(以下本目録において「措置法」という。)及び「公害健康被害補償法」(以下本目録において「補償法」という。)による指定疾病認定に関する左記の文書

一 新規認定申請(初認定時期―前記原告らの表示記載中の認定日時)に関する左の文書

(一) 認定申請書(認定申請用診断書及び住民票、通勤等証明書添付)(措置法三条、同施行規則二条、補償法四条、同施行規則一条等に基づく文書)

(二) 公害健康被害認定用調査票(補償法一三六条に基づく文書)

(三) 公害健康被害認定審査表(昭四九・九・二八環境庁企画調整局長通知、及び昭四五・一・二六厚生省環境衛生局公害部庶務課長通知に基づく文書)

(四) 新規疾病の認定に関する諮問書(措置法三条、補償法四条等に基づく文書)

(五) 新規疾病の認定に関する答申書(同右)

(六) 公害健康被害認定申請の決定について(通知)(補償法施行規則三八条に基づく文書)

(七) 公害医療手続(写)(措置法三条、同施行規則三条、補償法四条、同施行規則三条等に基づく文書)

二 障害補償費等の請求に関する左の文書

(一) 障害補償費・児童補償手当・療養補償金請求書(補償法二五条、川崎市公害健康被害補償条例四条等に基づく文書)

(二) 公害健康被害認定患者主治医診断報告書(補償法二五条等に基づく文書)

(三) 新規障害程度の認定に関する諮問書(同右)

(四) 新規障害程度の認定に関する答申書(同右)

(五) 障害補償費・児童補償手当に係る障害程度の決定について(通知)(補償法施行規則三八条に基づく文書)

三 認定更新の申請に関する左の文書

(一) 認定更新申請書(補償法八条、同施行規則八条等に基づく文書)

(二) 医学的検査結果報告書(補償法八条、昭五四・一〇・一二環境庁企画調整局環境保健部保健業務課長通知等に基づく文書)

(三) 川崎市公害健康被害認定患者認定更新及び障害程度に関する主治医診断報告書(補償法八条等に基づく文書)

(四) 認定更新に関する諮問書(補償法八条に基づく文書)

(五) 認定更新に関する答申書(同右)

(六) 認定更新申請に係る決定について(通知)(補償法施行規則三八条に基づく文書)

四 障害程度の見直しに関する左の文書

(一) 医学的検査結果報告書(補償法二八条等に基づく文書)

(二) 公害健康被害認定患者主治医診断報告書(補償法二八条等に基づく文書)

(三) 障害程度の見直しに関する諮問書(補償法二八条に基づく文書)

(四) 障害程度の見直しに関する答申書(同右)

(五) 障害補償費・児童補償手当の支給に係る決定について(通知)(補償法施行規則三八条に基づく文書)

別紙(五) 申立人の申請の趣旨及び理由

一 申請の趣旨

「相手方は、別紙(三)認定患者目録記載の認定患者に関する別紙(四)申立文書目録記載の各文書(以下、本件各文書という)を当裁判所に提出せよ。」との裁判を求める。

二1 文書の表示及び文書の趣旨

別紙(四)記載のとおり

2 文書の所持者

相手方

3 証すべき事実

別紙(三)認定患者目録記載の者(以下、本件認定患者らという)の職歴、既往歴、家族歴、喫煙歴、併発傷病並びに公害健康被害認定申請時及び更新時の病状、経過、諸検査の結果、投薬、治療の内容等を明らかにすることにより、本件認定患者らの病状の実態、病因関係、特に喫煙、既往歴等大気汚染以外の他の要因が主たる病因となっている事実等を立証する。

4 申請の理由(文書提出義務の原因)

(一) 本件各文書は民事訴訟法三一二条第三号前段のいわゆる利益文書に該る。

(1) 民事訴訟法三一二条第三号前段の利益文書は、文書の作成の動機はどうであれ、当該文書が少なくとも挙証者の法的地位、権利権限を明らかにすることに役立つものであれば、これをもって挙証者の利益のために作成された文書というに妨げないと解すべきところ、本件各文書は、公害健康被害の補償等に関する法律(以下、公健法という)及び公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下、特別措置法という)に基づき作成されたもので、その作成の目的は同法に基づく川崎市の認定行為等にかかる行政の適正を担保するとともに、当該認定等の対象となる疾病にかかる民事、行政等の分野における各請求権の有無が争われる場合における証拠を確保する使命があり、かつ申立人らは本件各文書に関し実質的に密接な利害関係を有する。よって、本件各文書は、申立人らの利益のために作成された文書である。

(2) 本件訴訟において、原告らは、申立人らの工場からの排煙により罹患したと主張して損害賠償請求をしているところ、本件各文書の記載内容は原告らの病状、病歴及びその原因等原告らが罹患しているか否かを明確にするのに有用なもので、これによって挙証者である申立人らの損害賠償請求の存否を明らかにする重要な証拠となり得るものであり、これを訴訟の場に顕出するか否かを所持人の自由に委ねることとすれば、民事訴訟における実体的真実の発見の重大な障害ともなりえ、申立人らの利益が害され公平に反する。

(3) 本件各文書は、公健法及び特別措置法に基づき、その適正な運用の証拠となることを期待して作成されるものであり、補償手続の実施を委ねられた公的機関である相手方川崎市長には、本件訴訟における真実発見に必要かつ適切な資料である本件各文書の提出を拒むことを正当化する理由は認められない。

(4) 本件各文書中に原告らの病歴等個人的記録を含むものがあるとしても、原告ら自らが病気に罹患したことを理由として訴えを提起している本件においては、原告らは、いわば自らの病気に関連するプライバシーの利益を放棄したものであり、所持人である相手方が、原告らのプライバシーの権利を理由として本件各文書の提出を拒むことはできない。

(二) 本件各文書は、民事訴訟法三一二条第三号後段のいわゆる法律関係文書に該る。

(1) 民事訴訟法三一二条第三号後段のいわゆる法律関係文書は、法律関係それ自体を記載した文書ばかりでなく、これに関係した事項を記載した文書を含むことは異論ないところ、まず、本件各文書は、本件認定患者に関し、公健法及び特別措置法の付属法規に基づいて作成されたもので、文書所持者である相手方は、汚染負荷量賦課金の納付金等を財源として、本件認定患者らを含む公害健康被害認定及び補償給付等の事務を運営しているものであり、一方、申立人らは、公健法及び特別措置法により汚染負荷量賦課金等の納付が義務づけられ、これを納付しているのであって、相手方と申立人らとの間には法律関係が存し、本件各文書は、右法律関係に関連して作成されたものである。

(2) また、相手方と申立人らを含む川崎市所在企業四三社とは、昭和四九年一一月に「川崎市公害健康被害補償事業及び当該事業の運営に必要な財源の負担に関する確認書」を締結し、あわせて右二者に財団法人川崎市公害対策協力財団を加えた三者により「財団法人川崎市公害対策協力財団及び川崎市が行なう事業に係わる財源の拠出等に関する契約書」が締結され、これに基づき申立人らは自己負担分を納付するに至っているから、川崎市と申立人らとの間には法律関係が存し、本件各文書は、右法律関係との関連を有するものである。

(3) 前述のとおり、申立人らが、公健法等関係法令によって費用の負担等の義務を負い、相手方が公害健康被害の認定及び補償給付等の事務を行なうこととされているところ、同法令によれば、申立人らは費用を同法に基づき設立された公害健康被害補償協会(以下、協会という)に納付し、協会が補償給付の支給に要する費用にあてるための納付金を納付することとされているので、申立人らと相手方との間には、直接の金銭支払義務等の法律関係は規定されていない。しかし、それは制度の効率的な運用を図るための立法技術上の理由に由来するものであって、協会が介在することによって認定権者である相手方と賦課金の納付義務者である申立人との法律関係には何等変動を生ずるものではなく、法律関係を否定する理由となるものではない。のみならず、申立人らにおいて協会に納付すべき納付金を任意に納付しない場合には、協会の求めにより、市町村が地方税の滞納処分の例によりこれを徴収することができるものとされており、申立人らは相手方により滞納処分としての差押えを受けうるという関係にあるから、申立人らと相手方との間に法律関係があることは明らかである。

(4) そして、本件各文書は、公健法に基づく補償給付等の事務の適正な実施の証拠となることを予定されて同法に基づき作成されるもので行政庁の内部文書にとどまるものではない。

(三) 本件各文書については提出命令を求める必要性が存在する。

(1) 本件訴訟において、原告らは、疾病と大気汚染との因果関係につき、本件認定患者らが公健法による指定疾病認定患者として認定されたことによって右因果関係が推定され、他に特段の立証を必要としないかのように主張するところ、本件認定患者らが罹患したとされる疾病は、いずれも非特異的疾患であるから、それぞれの患者ごとにその職歴、既往歴、家族歴、併発傷病の有無、病状、諸検査の結果、投薬、治療の内容を明らかにし、これらの事項について検討しなければ、個々の本件認定患者の病因関係、特に喫煙、既往歴等大気汚染の以外の他の要因が主たる病因となっている事実等を確認することができないのであるから、申立人らが右因果関係について反論・反証を提出して真実を究明するためには、本件各文書は、必要不可欠のものである。

(2) 公健法のもとにおける疾病の認定については、都道府県知事又は市長は、認定審査会の意見をほぼ完全に尊重して疾病の認定を行なうが、認定審査会の審査においては、主治医の診断書が最大限に尊重されるものの、主治医は呼吸器疾患の専門医である必要がなく、専門的知見に基づく的確な診断がなされている保証がないこと、主治医も微妙なケースにおいては、疾病であると認定しがちであること等必ずしも厳密な医学的検討に耐え得ないケースがかなりあることが指摘されており、原告らが本件訴訟において、前記のような立証の態度に出ている以上、本件各文書に基づき右因果関係の有無について検討する必要性は極めて大きい。

(3) そして、本件各文書は、本件各認定患者らの個々の具体的な疾病の程度、症状の軽重を検討するためにも必要不可欠である。

別紙(六) 相手方川崎市長の意見

一 申立の趣旨に対する答弁

「本件申立を却下する。申立費用は申立人らの負担とする。」との決定を求める。

二 理由

申立人らが提出を求めている本件各文書は、別紙(四)の各文書中、一の(六)、(七)、二の(五)、三の(六)、四の(五)を除きいずれも相手方において所持している。しかし、次に述べる理由により、本件申立は却下されるべきである。

1 証拠は、当事者の立証目的にそうものであることが必要であるところ、本件各文書は申立人ら主張の「証すべき事実」を証明するに由ないことが明らかである。すなわち、本件申立の目的は、「申立人らにおいて本件認定患者らの病状の実態、病因関係、特に喫煙、既往歴等大気汚染以外の他の要因が主たる病因となっている事実等を立証する。」ことにあり、そのために本件各文書によって本件認定患者らの「職歴、既往歴、家族歴、喫煙歴、併発傷病並びに公害健康被害認定申請時及び更新時の病状、経過、諸検査の結果、投薬、治療の内容等を明らかにする」というのであるが、本件各文書においては、その書式上、右事項のうち、投薬及び治療の内容については記載されないこととなっており、その他については公害健康被害認定調査票及び主治医診断報告書に極めて簡単に記載することになっているだけであって、その記載内容からみて申立人らの主張立証目的にそわないことは明らかである。そして、その余の文書には右事項にかかる記載は存在しない。

2 利益文書について

本件各文書は、民事訴訟法三一二条第三号前段の利益文書に該当しない。その理由については、原告らの主張を援用するが、さらに次のとおり意見を付加する。すなわち、利益文書とは、挙証者の法的地位を直接証明し、又は権利ないし権限を基礎づける目的で作成されたものというと解すべきであり、また挙証者の利益という場合の利益は、文書作成時において存在することを要し、かつ直接的な利益でなければならない。そして、本件各文書は、公健法及び特別措置法並びに右法の付属法規に基づいて、大気汚染の影響による健康被害に係わる損害を填補するための補償を行うとともに、被害者の福祉に必要な事業を行うことにより、健康被害に係る被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的として作成されたものであって、本件各文書が申立人らの利益のために作成されたものと解する余地はない。

3 法律関係文書について

本件各文書は、民事訴訟法三一二条第三号後段の法律関係文書に該当しない。その理由は、原告らの主張を援用するが、さらに次のとおり意見を付加する。すなわち、法律関係について作成された文書とは、文書の内容が法律関係そのものを記載したものをいうのであって、間接的な関係があるだけではこれに該当しないと解すべきである。本件各文書は、もっぱら川崎市と認定患者との間の健康被害認定及び補償給付等の事務に関するものに限られているのであって、申立人らと川崎市との間の右法律関係に関するものではない。申立人らの主張は、文書提出義務を極端に拡大するもので、右義務を限定した民事訴訟法の規定は空文に帰することになる。

4 本件各文書は、公害健康被害補償制度の適正な執行のために作成されたもので、その記録内容はプライバシー等に関するものである。従って、これを外部に提供することは、将来にわたり公害健康被害補償制度の適正な執行に支障を生じ、かつ原告らのプライバシーを侵害するおそれがある。特に、本件各文書のうち、主治医診断報告書の中には「認定疾病の管理区分」として患者の症状の軽重が五段階に分けて記載されるとともに、「付記事項」欄には、癌、癌の疑い等患者本人にも告知していない医師の医学上の所見が記入されており、これを書証として提出することは人道上の問題があって許されない。

別紙(七) 原告らの意見

一 文書提出義務について

証拠方法のうちで、「証人」については、何人に対しても証人義務が課されているが、これと異なり「文書」については、所有者の意思に反して提出を強要することは文書の所有権の侵害になり許されないこと、文書の記載内容からみて要証事実と無関係な個所が提出命令により公開されるおそれが大きく適当でないことなどから、沿革的に提出義務は限定的に解されている。従って、民事訴訟法三一二条の場合も、このような見地から解釈されなければならない。

二 本件各文書は利益文書に該らない。

1 民事訴訟法三一二条第三号前段の利益文書とは、後日の証拠のために挙証者の法的地位を証明し基礎づけるために作成された文書及び挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書を指すと解すべきところ、本件各文書は、公健法及び特別措置法における各申請の手続過程において作成された文書であり、もっぱら相手方が同法に基づいて円滑・適正に右の各申請に対する当否を決定する行政上の目的で作成された内部資料に他ならず、認定疾病に関し民事請求権の有無が争われる際における証拠の確保などという目的のもとに作成されたものでないことは明らかである。

2 申立人らの主張は、要するに挙証者にとって役に立つものであれば、文書提出命令の対象になるというもので、このような考えは文書の所持者に一般的な提出義務を負担させることに帰するのであって、このような主張は前記のように文書提出義務を一定の場合に制限した民事訴訟法の解釈を誤るものである。文書の所有者にとって、その文書の作成の目的が、本来後日の争訟を想定した上、その証拠のために挙証者の法的地位を説明し基礎づけるためのものである場合において、初めてその文書の内容の処分権が制限され、自己とは関係のない訴訟に顕出を余儀なくされるという文書提出の命令を受ける立場に立たされることになるのである。

3 また、本件各文書が提出されることになれば、公害健康被害認定審査表、公害健康被害認定患者主治医診断報告書、同認定更新及び傷害程度に関する主治医診断報告書、医学的検査結果報告書等医師によって作成・提出される文書については、作成時における目的外への提出を余儀なくされることとなり、以後の医療機関の協力が阻害され、公害健康被害補償制度の円滑・適正な実施が困難という結果になる。

4 また、本件各文書が提出されることになれば、原告らのみならず、その家族らの既往病歴等に関するプライバシーが侵害されることになることは明白である。

5 申立人らは、原告らが病気に罹患している旨を主張して本件訴訟を提起しているのであるから、原告らは自己の病気に関連するプライバシーの利益を放棄している旨主張するが、このような主張はまったくの手前勝手な主張であって、そのような訴訟を提起せざるをえなくしたのは誰なのかという問題が当然提起されるのである。本件訴訟の提起は侵害された権利の回復を求めるものであって、プライバシーの放棄とは全く別個の問題である。

三 本件各文書は法律関係文書に該らない。

1 民事訴訟法三一二条第三号後段の法律関係文書は、法律関係それ自体を記載した文書ばかりでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書も含むが、所持者が専ら自己使用のために作成した内部的文書はこれにあたらないとするのが通説・判例である。

2 公健法及び特別措置法によれば、申立人らは、公健法上相手方に対して直接補償給付の財源相当額を納付するのではなく、各自のばい煙の排出量から割り出される汚染負荷量賦課金を全国単一の協会に納付し、協会が相手方の行なう補償給付の支給に要する費用にあてるため、相手方に対して納付金を納付することとなっており、また特別措置法上においても、申立人らは相手方に対して直接財源相当額を納付するものとはされておらず、特別措置法一六条の指定法人に対し搬出を行い、右指定法人は公害防止事業団との契約に基づき同事業団に対し搬出金を搬出し、さらに同事業団が神奈川県に対し納付金を納付し、神奈川県が川崎市に対して相手方が行う医療費等支給に要する費用等について補助を行うものとされているのであって、申立人らは、公健法及び特別措置法上、文書の所持者である相手方との間に何らの法律関係も有しないことは明らかである。

3 また、申立人らのいう三者間の契約についても、申立人らは財団法人川崎市公害対策協力財団との間で、自己負担分の納付に関する法律関係を有しているに過ぎず、相手方との間に法律関係を有しないことは明らかである。

4 申立人らは、汚染負荷量賦課金の徴収事務及び給付費用納付事務の効率的運用のために立法技術として協会が設置されているに過ぎず、それが申立人らと相手方との法律関係を否定する理由となるものではない旨主張する。しかしながら、補償給付費用の財源の仕組みとその運用の実態をみるとそのような主張が理由のないことは明らかである。まず、協会に汚染負荷量賦課金を納付するばい煙発生施設等設置者は、昭和五七年度で川崎市だけでも申立人らを含めて一〇九社、全国では北海道から沖縄まで合計九五〇〇社となり、その賦課金が全体として協会に納付され、その賦課金の総額は約五五四億円となっており、そのうち川崎市内の設置者の納付額は約金二五億円で被告ら一三社の分はその内の一部に過ぎない。そして、公健法に基づく認定権者は、昭和五七年度において相手方も含めて全国の指定地域に対応して四一者あり、それに対する給付費用納付金は総額七九一億円で、それが個別に協会から認定権者に納付されるのであって、相手方が収受する納付金はそのうち約四〇億円に過ぎない。このような事実関係に照らせば、申立人らが納付している賦課金が川崎市の補償給付金に当てられているという関係には全くないことは明らかである。

四 必要性

1 原告らは、公健法による認定のみにより大気汚染と原告らの疾病との因果関係が推定されると主張したことはない。原告らは、原告ら主張の川崎地区の高レベルの大気汚染、疾病等の多発の事実から、右の地域の大気汚染と原告らの疾病の集団的因果関係を明らかにするとともに、このような集団的因果関係が明らかにされる場合、集団を構成する個人に対する大気汚染の負荷は共通であるから、大気汚染が原告ら各人の疾病の発病・憎悪の原因となっていることにつき主張・立証は尽くされると主張しているのである。

2 申立人らは、公健法の認定行為の不備について主張しているが、原告らは、前記のように公健法の認定のみに依拠して因果関係を論じているのではないから、申立人らの主張は理由がない。しかも申立人らの主張のとおり公健法の認定制度が不備であるなら、その不備の中で作成された本件各文書を提出してみてもそれは不備な証拠なのであるから、申立人らのいう実体的真実の発見に役立たないということになり、文書提出の必要性はないということになる。

3 申立人らは、原告らが個別的因果関係を立証しようとしないから、本件各文書が必要であるかのように主張するところ、原告らは、本件訴訟において原告ら各個人毎にとりあげてその疾病の因果関係及び損害の発生、程度を直接個々に詳細に立証する必要はなく、それをしなくても被告らの責任は十分認められるものと考えているのであるから、本件各文書の提出の必要性はない。

4 申立人らが、本件各文書提出に固執するのは、原告ら各人の個別的因果関係及び損害の発生・程度について今後膨大な時間と労力をかけて根拠のない詮索を繰り返し、いわれなき難癖をつけていくため、その出発点となる諸資料を収集しようと企んでいるためにほかならないのであって、その究極の目的は訴訟の遅延である。

5 また、原告ら中に、喫煙やアレルギー素因者がいるとしても、それだけでは疾病の発症に至らない者が、大気汚染によって発症し、もしくは症状が促進されるなどの影響を受けているのであるから、他要因の存在は因果関係の存在に影響を及ぼすことはないというべきで、本件文書の提出は必要ない。

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